BunMay2005-03-06

写真集 水俣写真集 水俣
W.ユージン スミス アイリーン・M. スミス 中尾 ハジメ

三一書房 1991-12
売り上げランキング : 1,556,163

Amazonで詳しく見る
by G-Tools
今回は、ユージン・スミスの写真集。ユージン・スミスと言えば、マグナムの一員であり、グラフ雑誌「ライフ」にたくさんの写真を載せてきた著名な人物である。彼は、莫大な取材費を使うことでも知られ、マグナムの財政を危うくすることもしばしばだったという(ラッセル・ミラー『マグナム―報道写真半世紀の証言』白水社 1999年に詳しい)。マグナムとは対立することは多かったらしく、その後脱退するが、この写真集「水俣」はおそらく脱退後に撮影されたものであろう。
ユージン・スミスは妻アイリーンとともに熊本の水俣に三年以上暮らし、水俣病問題を取材した。取材の最中にチッソの従業員に暴行を受け、重傷を負って一生の障害を持ったが、その後も取材を続け、裁判が決着し、チッソが補償金を払った後の患者の生活も引き続き記録した。
水俣病にかかった幼い我が子を風呂に入れている写真は、おそらく誰もが一度は目にした写真ではないかと思う。私も、この写真が水俣病を象徴する写真として、心に残っていた。風呂場の窓から差し込む光が湯気を浮かび上がらせ、親子をかすかに照らす。電気はなく、風呂場のほとんどは暗闇に支配され、静けさが漂う。この光と影の対比が、美しすぎて恐ろしい。天井を見つめる目は虚空を凝視しているようで、緊張している手は滑らかに折れ曲った手すりのようで、そうした細部が光の効果で前景化してくる。光は輝かしい未来を照らすのではなかったか。光は恐ろしい。影が逆に恐ろしさを隠している。しかし、影を求めてしまうことは幼子を永久に葬り去ることと等しい。この写真集を今まで見なかったのは偶然ではない。おそらく避けていたのだ、見ることを。
私はこの写真を水俣病の象徴として早々に持ち上げ、それで見たことにしようとしていた。しかし、水俣病は一枚の写真で済まされるようなものではない。見続けなければならない。影で恐ろしさを隠す甘美さに支配されてはならない。