今日、第一回「1_WALL」展公開二次審査会に行ってきました。ファイナリスト6名の作品は以下のサイトで確認できます。
http://rcc.recruit.co.jp/gg/exhibition/gg_exh_200908_2/gg_exh_200908_2.html
二年前の第28回写真「ひとつぼ」展の公開二次審査会以来になるのか。そのときは正直フラストレーションが溜まるばかりで、今回も非常に心配していたのですが、そのような不安も吹き飛ばすぐらいに個々の審査員が出展作家へのダメ出しをしっかりと行っていて、それほど意見もブレていなかったのが良かったかな。
審査の詳細は後ほど公式サイトのほうで出ると思うので省略しますが、最終的には渡邊有紀さんと仲山姉妹さんの二人の争いになりました。ここで、二年前の悪夢が…。仲山さんの表現はほぼ完成の域に達していて、賞をあげなくても自らの力で切り開いていけるはず、みたいな発言、及び、完成された人に賞をあげるのか、可能性を秘めた人に賞をあげるのかという審査基準自体への疑問、を今更言い出す始末。それは予備審査あるいは一次審査の段階で決定させておくべき問題であって、二次審査の、しかも最終決定の場で持ち出してくる問題ではないはずです。完成の域に達した(とみられている)人の作品は可能性のある人の作品に対するかませ犬でしかないのか、と審査への不信感が出てきてしまいます。
更にもうひとつ問題が出てきて、仲山さんの作品は本当に「写真」とよべるのかどうかが定かではないということ、すなわち写真というメディアの必然性がいまいち感じられないということでした。この問題は背景にいろいろあって、例えば、彼女が映像作品も撮っていたりとか、グランプリ獲得後の個展案で立体作品を作る予定だと言ったことがあったりとかで、オーセンティックな「写真家」というよりもマルチプレーヤーな「写真作家」というイメージが出来上がっていたことがあります。この問題は実は非常に重要なのですが、それは後述するとして、最終結果としては、二年前と同じことが繰り返されるかと思いきや、仲山さんの完成度+写真表現の新しさのほうが評価され、グランプリ獲得となりました。私個人の意見としては、この結果は妥当なものであると思いますし、写真の公募展の新たな方向性を打ち出すことになったと思います。
というのも、今回の公募展はいろいろなものからの「決別」と「展開」を示していたと思います。一つ目は、過去の「ひとつぼ」展からの決別です。審査過程にポートフォリオレビュー(一次審査)を追加することで、二次審査ではより突っ込んだ議論を展開することができたのではと思います。二つ目は、写真新世紀との違いの曖昧さからの決別です。今までの「ひとつぼ」展を見ていても、正直なところ写真新世紀とそれほど明確な違いがあるようには感じられず、二つの公募展が重なり合っていたようにみえました。偶然なのですが、今回の最終決定に残った二人のうちの渡邊有紀さんは2006年度の写真新世紀優秀賞を受賞されており、写真のスタイルも極めてオーソドックスで、まさに「写真」という印象であったのに対し、仲山姉妹さんの写真は写真というメディアの必然性は希薄でありつつも、それもまた写真のひとつの在り方を示しているということで、こうした両者の立場の明確な違いが、そのまま写真新世紀と「1_WALL」展の違いへと展開したように思います。
最後、三つ目は二つ目と重なるのですが、従来の「写真」からの決別です。写真新世紀は良くも悪くも「写真」の領域を決してはみ出さない公募展だと思います。今回「1_WALL」展では、仲山さんの作品を巡って、写真とは何ぞやという問いを審査員は挙げていましたが、彼女の作品はまだまだ「かわいいほう」で、写真の在り方を根本から考え直さなければならないような作品(写真論的な写真)を制作する作家も、多いかどうかは知りませんが存在するわけで、そういった作家が出展できる公募展へと展開していってくれれば嬉しいかなと。
私が「1_WALL」展に望むことは、「これも写真なんだ」という肯定を、責任を持って言うことです。そうした実践から新たな写真論の構築意欲が刺激され、その新たな写真論からまた新しい写真実践が生まれる、そうしたサイクルの原動力として「1_WALL」展が定着することを願っています。