昨日、表参道ヒルズで開催中のTHE PHOTO / BOOKS HUB TOKYOにて、WORDS WITHOUT PICTURES公開編集会議に登壇者のひとりとして出席しました。その席では話できなかったことのひとつに、今回の東日本大震災に伴う福島の原発事故で派生的に起こったある出来事があります。それは、FCR(富士・コンピューテッド・ラジオグラフィー)画像に黒点が発生したという出来事です。富士フイルムは、その出来事に関して、2011年3月22日に公式サイトで自社見解を掲載しました。富士フイルムの推察によれば、FCR画像上の黒点は、富士フイルムが製造するX線撮影用イメージングプレートが、福島の原発から放出された放射性物質を感知したために発生したとのことです。
ところで、『WORDS WITHOUT PICTURES』では、私はロンドン出身ロサンゼルス在住アーティストのワリード・ベシュティWalead Beshtyの論文("Abstracting Photography")を翻訳担当しているのですが、彼の写真作品のひとつに、空港のX線検査に通すことで感光したフィルムから画像を制作するシリーズ(Travel PicturesやPassages)があります。ベシュティは、抽象abstractionという概念を大きく捉え、法lawやドキュメンタリーdocumentaryも抽象であると考える*1のですが、彼は空港を、市民や国民が持つ法や権力を変容させる場(日本国民が日本において享受していた権利などが、空港を経てアメリカに入国すると、失われる、など)と捉え、その目には見えない変容を如何に物質として提示できるか、非物質的な抽象を如何に物質化させるのかを考え、フィルムの持つミディアムの特性を生かす手法を選択しました。
こうしたベシュティの制作意図を考えたとき、FCR画像上の黒点の発生という出来事は単なる科学的事象であるだけではなく、目に見えない変容を物質化したものとみることができるのではないでしょうか。目に見えない変容、それは正円のかたちをした抽象的な境域が既存の県境や国境(これらの境もひとつの抽象といえます)に合流することで、流通の制限や風評被害などをもたらす結果となっています。
黒点の発生したイメージングプレートは、いったいどのような画像を表しているのでしょう。すでに、クリーニングされて消えてしまったのでしょうか。富士フイルムのサイトに掲載されたドキュメント(=抽象)だけが、その出来事を証すよすがとなっているのでしょうか。それとも、今も黒点は発生し続けているのでしょうか。その画像を見る機会が欲しいです。

デジタル写真とアナログ(フィルム)写真の制作行程を考えたとき、「水」という要素はアナログ写真にとって、特別な存在だと言えます。というのも、フィルムの現像やプリントの焼付作業に必要不可欠だからです*2。今回の原発事故で放射性物質を含んだ水が問題となっていますが、これは写真ミディアムの問題でもあるのではないでしょうか(報道の問題というだけに限るのではなく)。

*1:"Depth of Field," Frieze, Sep 2009, p. 113.

*2:Jeff Wall, "Photography and Liquid Intelligence," 1989.フィルムからデジタルへの移行は、Dry Intelligenceの拡張(=Liquid Intelligenceの縮小)を示す。