BunMay2004-11-29

写真は、昨日買った服。もう冬になりそうなのに、またこ
んな寒そうなのを買ってしまった。
美術手帖11月号のティルマンス特集の対談をやっと読
みました。「撮る写真」と「見る写真」との対比は、スナップ
ショット的な視覚と接合する感じがある。あと「流動化」
や「ヌルヌル」という表現は、ハル・フォスターが1930〜
40年代のドイツ世界を表象する時にも使っていて、そのと
きは「女性性の恐怖」みたいな感じで、ティルマンスの場
合はそれはゲイということになるが、ゲイと女性性とのあ
る種の接点(ヘテロ男性にとっての他者性、異質性)をそ
こに描くことができるかも。
ティルマンスを何とかポストモダンの中に位置づけようと
して、「撮る写真」と「見る写真」とを区別しているんだ
けど、その区別がどのような経緯で成立したかが詳しく述
べられていないのは問題だと思った。ソーシャルドキュメ
ンタリーが完全に撮る写真だというのはそうだと思うが、
一番興味があるのは、「見る写真」がどのように成立した
かで、それがあやふやだとこの区別はティルマンスだけに
当てはまる特殊事項ということになって、結局のところ何
の説明もしていないことになる恐れがある。